第二次世界大戦敗戦直後の1947年。個人経営サカエ商会としての私たちの“歴史”は始まる。まさに敗戦の混乱の真っ只中。経済の復興など、その影すら見えないような時代に、やがて来たるべき産業復興の足音を聞き分けた創業者・神谷正平のビジネス感覚がサカエの基礎を据えたのだ。
その極度の物資の不足時代には、円滑な供給力を確保し得る個人の信用力を背景とした物の調達能力が、事業の成否の要だったと言えよう。まさに生き残りをかけて培ったその“信用”への思いは、当社の資産として、今に引き継がれている。時代は“物”を求めて大きく動き出し、やがて大きな流れは渦を巻き興した。その流れのさ中にあって、サカエは新しい方向へ踏み出した。コンパスは、個人の信用に負う時代から、企業としての信頼を築く時代へ、ひとりの才覚から、組織としての発想を必要とし始める時代へ振り始めていた。
1961年4月株式会社に改組。理念をコンパスにした、最初の舵だった。
1965年。手狭になった浜松市田町の店舗から現在の所在地、野口町に新築・移転。
1966年に島田市に島田出張所を開設。
1969年には豊橋営業所を開設。その後のサカエ沼津となる東栄産業株式会社を設立。さらに島田出張所を営業所に昇格。
矢継ぎ早に組織としての機能の充実を図った。一方で、加速的に質を変え量を増大させてゆく商品アイテムと、その変化に対応して顧客から要求される情報ニーズの高度化に対して、常に的確な回答を用意することに努めた。そうした努力は私達に、情報に対する鋭敏な感性を鍛え上げた。
それは70年代のFAの導入に大きな成果となって現れた。 時代の求める、より大量・高速・均一の生産体制にいちはやく対応できたのはまさに、次の時代のビジネスへのセンサーの精度だった。さらに個性化時代の到来とともに、多品種少量生産がテーマとなった80年代。FAも従来の“合理的”な生産システムであることを要求されるようになってきた。それにつれて、絶対的な基準をもとに、より合理的な機器やシステムを供給することだけでなく、顧客の多様なニーズを理解し、企画し提案する機能が要求されるはずだ。
1984年。株式会社サカエに商号を変更。常にニーズを先取りするために費やされた年月が結果的に“商会”の名でイメージするビジネスの概念を大きく超えることになったのだ。
1986年本社新社屋を落成。
1987年。創業40周年を機に、神谷竹彦が代表取締役社長に就任。 目まぐるしく変化する時代の流れの中。サカエの次代を灯す松明は新しい世代に引き継がれた。
1991年掛川営業所を開設。
1994年には豊橋エヌテーエヌ設立。調達力の50年代。情報力の70年代。企画力の80年代。創造力の90年代…とそれぞれに次代のキイワードを先取りし、常にビジネスの新しいフィールドを求め続けて来た。
1997年。創業50周年を期に、それまでの企業理念を集大成し、サカエ野いちご宣言を発表。 野いちごの如く成長と温もりも持てる企業であることを目指す。それが、サカエの新しいパートナーシップです。
さらに2002年。掛川営業所を島田営業所と本社にその機能を分担し、2003年サカエ沼津、豊橋エヌテーエヌをそれぞれ本社が直轄する営業所とするなど。サカエ『野いちごイズム』に徹した、お客様満足度100%を実現できる組織へ向けて組織づくりを行っている。